向原寺・日本仏教はじまりのお寺

お寺のイメージ 奈良


はるか昔、日本に仏教が伝来した際に、その仏像を安置した場所が現在の向原寺と伝えられています。奈良の法隆寺のような有名なお寺ではありませんが、日本の仏教の起源となった貴重な痕跡が残る歴史的にも重要なお寺です。今回は、そんな向原寺の建立や見所、アクセスなどをご紹介していきます。

向原寺はいつ創建されたの?

日本における仏教の起源は、推古天皇や聖徳太子が生まれる少し前、欽明天皇の時代に538年(552年説もあり)に百済の王から仏像と経論が贈られたところから始まります。向原寺は、この仏像を蘇我氏の向原にある自邸に祀ったところから由来しています。

しかし、仏教を公認するかどうかで当時の2大勢力である物部氏と蘇我氏で意見が分かれ、蘇我氏が祀ったこの仏像は、1度目の538年、2度目の584年ともに、疫病を流行させたとして焼き討ちにあい紛失してしまいます。

両者の対立は、天皇の権力を巡る争いでもあり、最終的には蘇我氏が物部氏を滅ぼし、勝利をおさめます。それをきっかけに日本に仏教が普及していったと考えらえれています。

向原寺の見どころ

推古天皇豊浦宮の遺構

現在の向原寺の本堂は大正時代に再建された比較的新しいものですが、近年の発掘調査で、その境内に日本初の女性天皇である推古天皇の宮室であった豊浦宮があったことがわかりました。豊浦宮では、推古天皇の摂政である聖徳太子も政務を行ったと考えられています。

向原寺では、その遺構の一部が公開されています 

古代天皇家の家系はとっても複雑
推古天皇と聖徳太子は異母兄妹で父は欽明天皇(欽明天皇には、なんと5人の妃と18人の子がいたそうです)ちなみ、推古天皇の夫は異母兄の敏達天皇。蘇我稲目は、推古天皇の祖父で聖徳太子の曽祖父にあたることからも、蘇我氏の勢力の強さが伺えます。

向原寺へのアクセス

向原寺があるのは奈良県の明日香村。田園風景の広がるのどかな場所ですが、古代の古墳や遺跡があちこちに点在しています。有名な飛鳥寺も近くにあるので、あわせて観光するのもおすすめです。

向原寺から徒歩圏内にある飛鳥水落遺跡

公共交通機関を利用

近鉄「橿原神宮前」駅からバスで10分ほど、「豊浦」バス停下車すぐ

地図で確認

向原寺
奈良県高市郡明日香村豊浦637

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